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パット・ムーア『私は三年間老人だった 明日の自分のためにできること』 (2005年、朝日出版社)

  書名に表されているとおり、この本が書かれた1980年当時、まだ20代のうら若き女性研究者であったパット・ムーアが老婆に変装し、実際に彼女自身が変装を通じて感じた「老人世界」を表現したものである。

  「変装」といっても、単なる簡単コスプレメイクではない。たまたま知り合った友人が、テレビ局に勤務するメイクアップ・アーティストだったことから、彼女に頼み本格的な変身を自らに施す。老けた肌を表現するため型でとったラテックスのフェイスマスクを顔に貼り付ける、白髪のカツラをかぶる。白い歯を隠すために特殊なクレヨンを歯に塗る。しゃがれ声を出すために塩と水を練ったものを喉の奥につめる。目の濁りを出すためにベビーオイルを目に塗る、不自由な関節の動きを表現するために指に接着テープを巻くなど、涙ぐましいまでの努力を重ね、彼女は見事に80歳の老婆に変身することに成功する。

 そして、約3年間、ことあるごとに老婆に変身し、老人体世界を参与観察(フィールドワーク)するのである。

  何故このような事を彼女はやろうと思ったのか。もともと工業デザイナーであった彼女は、ロチェスター工科大学卒業後、ニューヨークの工業デザインの雄レイモンド・ローウィー社に勤務。しかし、クライアント優先の仕事にやり方に疑問を感じた彼女は、以前より高齢者に関心があったことから、ローウィー社を辞めコロンビア大学院で老年学を学びつつ、この冒険にチャレンジしたのである。

 老婆への変身を通じた彼女は、若い女性のままでは決して体験できなかった様々な事象に遭遇することになる。ひとつは「社会的追放」である。高齢者であるというだけで、ぐずでのろまというスティグマを貼り付けられ、しばしば無視や邪険に扱われる。これは特に「バックレディ」と呼ばれる貧しそうな身なりをしている場合に受ける扱いである。一方で、そこそこに裕福な身なりをしている場合は、回りの人々から注意と敬意を払ってもらえる。

公園に一人ベンチに寂しく腰掛けている老人との会話を通じ、決して彼女らは悲観的で孤独にさいなまれて生活しているのではなく、日々の季節変化に喜びを感じつつ一日一日を大事にしている姿を知る。

  おそらく学問的な立場から見れば、いささかエキセントリックな研究手法であったろうが、これはこれで興味深い体験談になっている。

彼女はその後、自身で会社を立ち上げユニバーサルデザインのコンセプトに基づいた環境や製品サービスの開発に取り組んでいるそうだ。

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