赤瀬川原平『老人力』(1998年、筑摩書房)
赤瀬川原平は、現代美術家としてキャリアをスタートさせ、その後、尾辻克彦名で芥川賞を受賞。それ以降は、ふたつの名前を使い分けつつ、数多くの小説、エッセイ、国内外美術・芸術に関わる論考を残した。2014年に残念ながらお亡くなりになったが、おそらく本人は、最後まで自分は現代美術家という強い自覚を持っておられたに違いない。
赤瀬川は、彼の存在そのものが一貫して優れたシュールレアリストであった。しかし、そのあり方はマンレイやブルトン的ではなく、日常生活の中に異次元のほころびや小宇宙を見いだす、いわゆる「お茶の間シュールレアリスト」とでも呼ぶべき存在であった。おそらくこれは世界中で誰も成し遂げていない極めて特異的なポジションではなかったか。日本のシュールレアリストの父、赤瀬川の『千円札裁判』の擁護者でもあった滝口修造が、彼の活動を見続けていたならば、どのような感想を持ったか知りたいところである。
本書『老人力』も、「お茶の間シュールレアリスト」赤瀬川の本領が発揮された一冊である。老人力という言葉は1998年の流行語大賞の候補にもなり、おそらく数ある彼の著作中、最もポピュラリティを得た一冊ではないだろうか。
「老人力」は、加齢に伴う物忘れや数々の老化現象を、それは「年齢を重ねないと得られない貴重な負の力」である、すなわち「老人力」であると称し、さまざまな社会事象と照らし合わせながら、「老人力」へ注目することの社会的重要性を、赤瀬川独自のユニークな視点と飄々とした文体でとくとくと説明するのである。
これは路上観察学会における「トマソン」の発見を、老化現象の中に見いだした事と同じである。ある種の楽屋落ち的な面白さをここに見いだすことも出来る。しかし、この『老人力』というキーワードが当時、社会現象となったのは、やはり高齢化が着々と進行しつつあった日本の時代背景を反映してのことだろう。