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加藤仁『定年後 –豊かに生きるための知恵』(2007年、岩波新書)

 定年とは、不可思議な制度であるとも言える。定年は退職する決まりになっている一定の年齢のことであるが、この定年制度が認められている国はさほど多くはない。アメリカをはじめカナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどでは「年齢差別禁止法」により、事業主は年齢による差別行為は禁止されている。会社を辞めるかどうかの判断は、あくまで個人の裁量になのである。一方で、会社はその人物が求める能力に満たなければ、レイオフする権利がある。同じ企業といっても、欧米のジョブ・ディスクリプション型と日本のレイバー・ユニオン型では、会社と個人の関係性は大きく異なる。

 もうひとつの典型的な例が終身雇用制である。日本では、正社員には終身雇用制に守られる形で、定年に達するまで働き続けるある種の権利が与えられている。それが1980年代に、同質的、均質的と揶揄されつつも、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル)と世界から恐れられた日本企業のパワーを生み出す原動力のひとつになったのも事実であろう。

 しかし、この強固な定年制度のおかげで、日本のサラリーマンたちは、来たるべき定年の後、どのような生活を送ればよいのか、明確なビジョンを持たぬまま社会に投げ出される状態に陥っているとも言える。

 本書の帯に書かれている「8万時間」とは、60歳定年後、平均寿命の80歳までに人々に与えられる時間である。生まれてから成人するまでの時間に匹敵するこの時間をいかに過ごしていくかという問題は、定年後サラリーマンの個々人に与えられる大きなテーマである。

 近年では、高齢者雇用安定法の改正により、企業は65歳まで何らかの形で社員を雇用することが義務づけられたが、一方で平均寿命も少しずつ伸びており、いかに過ごすかというテーマの重要性に変わりはない。

 この問いに対する共通の回答ははっきり言って存在しない。半世紀以上の人生を歩んできた個々人が、それぞれの半生の中から何をしたいのか、何が出来るのか、ひとつひとつ手探りで考えていくしかない。

 『定年後』は、加藤仁氏が25余年かけて3000人以上の定年退職者へヒアリングを重ねる、積み上げてきたこの問いに対する回答事例集である。ここで語られる先人たちの豊富な定年後の体験は、定年前の私たちに対し、その後の人生の多様性と可能性を示唆してくれる。

 残念なことに加藤仁氏は数年前にお亡くなりになったが、生前の彼にある研究会で一度だけお目にかかったことがある。長年シニアの方々を対象に取材を続けられてきただけあって、静かで落ち着かれた語り口が印象的だった。

 本書をはじめとする加藤氏の数々の書籍は、人々が定年後人生を考える上で、彼によってまとめられた多くのシニアのオーラル・ヒストリー集は大変意義深いものであると思う。

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